浦原 | ナノ
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「今晩飲み行くで」

唐突に十二番隊にやってきたかと思ったらわたしの前に来てそう告げた平子隊長に、思い切り嫌な顔をしてしまった。ようやく中央四十六室が空席になっていた三、五、九番隊の隊長に平子隊長たちを呼び戻すことを決め、彼らが復隊してから一カ月。今のところ悪い話はわたしのもとには届いていない。他の隊から嫌煙されている十二番隊に噂が届いてくるなんてよっぽどのことであるし、以前も隊長をやっていた人たちなのだから当たり前といえば当たり前ではあるのだけれど。

「嫌ですよ」

「なんでや」

「仕事があります」

見ればわかるでしょう、とわたしの机に山になっている書類を指差す。しかし平子隊長は興味なさそうに小指で耳をほじるだけだった。理由聞いたのそっちでしょうが。いらっときたのを笑顔で隠し、そういうわけなのでまたの機会に、と平子隊長を追い返そうとするが、そう素直に動いてくれないのは100年以上前から知っている。そしてそれは、平子隊長とて同じことだった。仕事を理由にお誘いを断ったのだが、今日やらなければならない書類は実はほとんどない。いざという時に焦るのが嫌で、常に前倒しで仕事を終わらせている成果である。きっとそれもお見通しな平子隊長は、めんどくさそうにため息を吐いた。

「オマエ、俺らがおらんかった間、人と交流しとったか」

「どういう意味ですか。人をコミュ障みたいに言うのやめてください」

隊内では円滑に業務をこなすための緩衝材の役割をしているため、隊長への用事はほとんどわたしを通して伝えられている。だから十二番隊の中では誰よりも他人と交流していたと自負しているのだが。仕事以外で、と言われると黙るしかなかった。昔からアクティブではなかったけれど、引っ張ってくれるひよ里がいたからそれなりに色んな人と交流していたのだが、ひよ里も浦原隊長もいなくなってからはただひたすら仕事をしていた為、そういった機会はほとんどなくなってしまっていた。

「ほれ見ィ。引きこもりのなまえチャンのために俺が色々声かけといたで」

「なんて余計なことを」

せめて六車隊長とか鳳橋隊長とか白だけにして欲しい。隊長格ばっかりなのは正直気が引けるけれど昔親しくしていただいていた分話しやすいし。

「いや十二番隊の中ですら飲み会とかやってないんでいきなりそういうのは…」

「マユリも呼んだらええやんけ」

「それ本気で言ってます?」

地獄絵図しか思い浮かばなかった。そもそも誘っても絶対に涅隊長は来ない。断言できる。冗談やけどな、と飄々とのたまう平子隊長に一気に脱力する。最初から他隊とはいえ、隊長の誘いを八席が断れるわけがないとわかっていたのだが、些細な抵抗のつもりだった。運よく断れればラッキーくらいだったのだがやっぱり回避できないらしい。時間とお店を指定して去っていく五を背負った背中を、ハゲろ、と心の中で呪詛を唱えて見送った。憂鬱な気持ちで一日の業務を終え、重い腰を上げて指定されたお店へと向かうと、平子隊長が店の前に立っていた。どうやらわたしが直前で逃げないように見張っていたらしい。もうほとんど揃ってる、と案内された席を見て、すぐに踵を返したわたしの首根っこを平子隊長がすかさず掴む。

「オマエの席はこっちや」

抵抗してもずるずると引きずられて行き、空いている席に座らされ、わたしの対面に平子隊長がドカリと座った。なんでよりにもよって平子隊長の対面なのか。少し離れた場所に座っている白の隣に行きたい。六車隊長と席をかわってもらえないだろうか。わたしの座らされた席の周りには、阿散井副隊長、松本副隊長、雛森副隊長、斑目三席と、副隊長クラスがそろい踏みだ。しかもみんな仕事以外ではまともに喋ったこともない。

「やっだ珍しい!みょうじじゃない!」

「ご無沙汰しております、松本副隊長…」

「あんたこういう会来るのねぇ。あたしも誘っとけばよかったわ」

「おーおー。コイツ友達おらへんから今度誘ってやってや」

「平子隊長!!」

こういうのには来ない人って思ってもらっていて一向に構わなかったのに。平子隊長が余計なことを言ったせいで松本副隊長はノリノリではぁ〜い!とか返事をしてしまっている。わたしの穏やかな死神ライフが粉々に砕けていくのを感じた。松本副隊長にメニューを渡され、適当にお酒を選んで注文する。そのお酒が運ばれてきて乾杯し、一口飲んだところで、わたしの正面に座った平子隊長が、顔をにやつかせながら、で?と聞いてくる。

「でってなんですか」

「喜助とはどうなっとるん?」

危うくお酒を噴き出すところだった。この人まさか、それを聞くためにわたしをここに連れてきたんじゃないだろうか。わざわざ白と離れた場所に座らせているのもそういう思惑を感じる。

「どうもなってませんけど!!」

「喜助…ってみょうじさん、浦原さんと知り合いなんすか?」

わたしの隣に座った阿散井副隊長が不思議そうにわたしを見つめる。彼が十一番隊に入りたての頃、十二番隊に書類を持ってくる係を押しつけられていたこともあって、平隊員だった阿散井副隊長とお話することが結構あったけれど、今は平隊員と八席ではなく、副隊長と八席なのだ。まず敬語を使うのをやめてほしい。そして浦原隊長のことに突っ込むのも勘弁していただきたい。コイツは喜助のコレやコレ、と平子隊長が下品にも小指を立てて阿散井副隊長たちに見せつけている。そういうデリカシーのなさ!よくないと思う!

「付き合ってないですし、その予定もありません」

「こないだデートしたって聞いたんやけどなあ」

「平子隊長ちょっとわたしとふたりでお話しましょう」

聞いたって誰に。まさか本人だろうか。デートとか言いながらもふたりきりの時間もなかったし、そもそもわたしとあの人は、別の道を歩くことを決めたのだから、付き合うも何もない。大げさに驚いた様子の周りの人々に、昔の話です、とだけ言ってまたお酒を口に含む。付き合っていた相手がやむを得ない事情とはいえ突然何も言わずにいなくなり、101年も放置されたのだ。今さら再会して事情を聞いたって、はいそうですかってよりを戻すことなんてできない。

「せやけどオマエ、あん時喜助がひよ里を放って帰ってきてたら許せへんかったやろ」

う、と言葉に詰まる。そもそもあの時、ひよ里を助けてほしい、と浦原隊長に頼んだのは、他でもないわたしだった。あの人が大丈夫って言ったから、ボクに任せて下さいって言ったから。結局、わたしはずっとあの人に寄りかかりっぱなしだったのだ。わたしの荷物もすべてあの人に押し付けて、結果が伴わなかったから怒って拗ねているだけ。そう言われてしまえば言い返す言葉もなかった。

「どうせ他に男もおらへんのやから喜助のことも考えてやり」

「……随分あの人の肩を持つんですね」

他に男がいない、というのは余計なお世話だが、それにしても平子隊長がこんなにもあの人の側に立つとは思っていなかった。昔から、それこそわたしがあの人のことを好きだと気付いてからも激励のようなことはしてくれたし付き合うようになってからは冷やかしも多かったけれど、基本的にいつも必要以上に首を突っ込まないのに。

「ま、あいつにはでっかい借りができてもうたからなぁ」

「勝手に作った借りなんだからわたしを巻き込まないで自分で返してもらえます?」

平子隊長の前に置いてある漬物に箸を伸ばすと、生意気言うやつに食わせる漬物はないで、と腹立つ変顔で皿ごと遠ざけられる。だからひよ里に蹴られるんだよ。イラァ、としたのを隠すこともなくぶすくれると、すでにかなりお酒がまわっている様子の松本副隊長がわたしの背中をバンバンと叩いた。

「やっだぁ、みょうじあんた面白いじゃない!ねえ雛森!」

話を振られた先を見ると、ぽかん、と驚いたように口を開ける雛森副隊長の姿。どうしたの、と聞く松本副隊長に、雛森副隊長は慌てて首を横に振った。

「い、いえ、みょうじさん、いつもと印象違うからびっくりしちゃって」

「コイツ普段猫かぶりやからな」

「失礼なこと言うのやめてください。時と場合と相手を弁えているだけです」

きっ、とガンをつけあうわたしと平子隊長を見て、ふふ、と雛森副隊長が笑い声を洩らす。藍染との戦いで雛森副隊長は心身ともに深い傷を負ったと聞いていたけれど、大分元気な様子でよかったと思う。仲良いんですね。その言葉を間髪いれずに否定したが、やはり雛森副隊長はくすくす笑うだけだった。

「あたし、平子隊長のことまだよく知らないので、教えてもらえるとうれしいです」

正直、きゅん、とした。わたしの周りの女の子は昔からちょっと変な子が多かったから。ひよ里とリサと白はアクが強すぎるし、涅副隊長もまた、涅隊長の教育の成果か、普通の女の子とは程遠い。こちらこそ、宜しくお願いします。ぺこりと頭を下げる。すると頭にとてつもなく重く柔らかいものが圧し掛かってきて、揺さぶられる。

「あたしとも仲良くしなさいよー!」

「ま、松本副隊長!ちょ、揺らさないでくださ…!」

「おい松本!みょうじがつぶれてんぞ!」

「乱菊さん!」

周囲の副隊長たちや斑目三席になんとか松本副隊長を引きはがしてもらって解放される。お、重かった。松本副隊長はいつもあんなものをぶら下げているのか。わたしから離れた松本副隊長は今度は六車隊長たちと飲んでいる檜佐木副隊長に酒瓶片手に絡みに行ってしまった。あの人大丈夫なのだろうか。しかし周りがまぁ檜佐木さんなら…と静観を決め込んでいるので、きっといつものことなのだろう。

「なまえちーん!」

どーん、とまた背後からわたしを衝撃が襲う。しかし先程のような質量はなかった。賑やかな声で振り返らずともわかるけれど、首をだけで振り返ると、緑の髪が視界に映る。松本副隊長が向こうに行ったのと入れ替わってきたのだろう。ましろ、と名前を呼ぶと、嬉しそうに顔を綻ばせて隣に座った。

「なまえちん元気だったぁー?」

「うん。白は?」

「元気!拳西とシンズィーってばひどいんだよぉ!」

なんでも白は今日、最初からわたしの隣に座ってくれるつもりだったらしい。白が復隊してからもまだほとんど話せていなかったから、そう言ってもらえるのはわたしもうれしい。しかし、私に浦原隊長の話をしたかった平子隊長に待ったをかけられ、六車隊長に引きずられるように連れていかれたそうだ。その光景が目に浮かぶようだった。雛森副隊長たちは白の勢いに圧倒されてしまったようで、わたしは白と話しながら時折飛んでくる平子隊長の意地悪なツッコミをスルーしながらお酒を飲むこととなった。

「あのね、なまえちん」

「うん?」

「ひよりん、なまえちんのこと心配してたよ」

ぴたり、と手が止まった。あの時、瀕死のひよ里を必死で治療した時以来、ひよ里とは会っていなかった。ひよ里が死神を許せない、と言って現世に残ったのは知っている。あの時の真実を知った後、ひよ里が死神を嫌いになるのも当然だと思った。それでも、わたしのことも、嫌いになってしまったのかな、と頭を過って、なかなか会いに行く踏ん切りがつかなくなってしまったのだ。怪我の経過も気になるし、話したいことはたくさんあるのに。

「現世でもねえ、おいしいおはぎのお店見つけたんだ」

また甘味処行こうね、とさっき話したばかりだった。その話をしているのだろうとは予想できるけど、わざわざ現世に、というあたりで、白が何が言いたいかを察する。

「ひよりんも誘って、一緒に食べに行こ!」

「……じゃあ、リサも誘わないと怒られちゃうね」

正直、白にこんな風に気を遣われる日がくるとは思っていなかった。でも、わたしひとりではひよ里に会いに行く勇気なんてきっとずっと持てなかったから、その気づかいがとてもとてもうれしい。拳西も連れてって奢らせよう、と白が口にすると、聞こえてんぞ、白ォ!!!と怒声が響いた。悪びれずに六車隊長にあっかんべをする白を見て、わたしも笑い声を零すのだった。

 * * *

「平子隊長、今日はありがとうございました」

飲み会が終わり、それぞれ解散した後、平子隊長にぺこり、と頭を下げた。思うところはあるけれど、雛森副隊長や松本副隊長、白と話す機会を与えてくれたのは、間違いなく平子隊長だから。おー。とやる気のない返事をした平子隊長は、送る、とわたしの横に並んで十二番隊隊舎に向かって歩き出した。

「楽しかったならなりよりや」

「そうですね。100年もああいう場から遠ざかってたら、さすがにお酒に弱くなったような気がしますけど」

「言うほど飲んどらんやろ」

そりゃ、あんなに上官ばっかりの場で好き勝手飲んでべろべろになるわけにはいかないだろう。もともとそんなに弱くはないし、自分を見極めるのも心得ている。喜助のこと、ちゃんと考えてやってくれへんか。隣を歩く平子隊長が、飲み会の場と同じことを、ぽつりと溢した。

「あん時あいつを巻き込んだのは俺らや。オマエと喜助のこと、ちーっとくらいは責任感じとる」

「平子隊長、それは……」

「まあ、無理にとは言わへんけどな」

ついたで。平子隊長のその言葉でようやく、十二番隊隊舎に到着していたことに気づく。平子隊長。自分の言いたいことだけ言ってさっさと帰ろうとする平子隊長を呼び止めた。そんな言い逃げみたいなの、ずるい。

「わたし、100年もあったのに何も変わってません」

ずっと好きで、好きで、でもあの人の隣に立つ自信なんてなくて。だから、何が言いたいのか。どう言えば伝わるのか。頭のなかで一生懸命言葉を選ぶ。平子隊長たちのことがなくても、きっといつかこうなってた。わたしとあの人の描く未来は、近いようで、すごく遠いから。それでも。

「それでも、また一緒に生きる道が見つかるならって、今は思えるんです。そんな都合のいいこと、あるかはわからないけど、今、一生懸命、探してるんです」

わかってもらえないかもしれない。好きという気持ちだけではダメで、あの人だけを選べればいいのにそれもできなくて。やっぱりどこかでわたしじゃあの人と並ぶことはできない、という卑屈な感情もあって。そういうのを全部どうにかできて、初めてまたあの人の手をとることができるのだ。

「……余計な心配やったみたいやなァ」

にんまりと平子隊長の口が弧を描き、またわたしに背を向けて歩き出す。いつもは太陽のように見える金の髪が、月の光を浴びていつもより優しい光を放っていた。他の人に言ったのは、初めてだ。そういえば、浦原隊長を好きだと最初に気づいたのも、平子隊長だった。本当に、世話焼きな人だ。髪の長さは変わっても、100年以上も前から変わらない後ろ姿に、思わず苦笑してしまった。


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